ボタンを減らす
金曜日の午後、中村さんと直子は、来週の販売会議の準備をしていた。
二人が働いているのは、台所の道具を作る小さな企業だ。 今、いちばん売れているのは、去年出した電気ケトルだった。
「直子さん、この新しいケトルの機能、どう思う」と中村さんが聞いた。
「正直に言うと、ボタンが多すぎると思います。お湯を沸かすだけなのに、機能が五つもあって……。使い方が分からない、っていうお客さんも多いみたいです」
「やっぱり、そう思う。実は、私も同じことを考えていたんだ」
中村さんは、机の上の資料を見ながら続けた。
「売り上げは伸びている。でも、その一方で、返品も増えているんだよ。せっかく買ってもらったのに、使えないって返してくる人がいる」
「もったいないですね」
「そうなんだ。だから、来週の会議までに、この機能を一度整理しておきたい。要らない機能は、思い切って減らそうと思う」
直子は、少し驚いたようだった。
「減らして、大丈夫でしょうか。お客さんは、機能が多いほうがいい、と思っているみたいですけど」
「本当に、そうかな。たくさん機能があっても、使わなければ意味がない。それより、だれでも簡単に使えるように変更したほうが、うちみたいな小さな会社には合っていると思う」
中村さんの言葉に、直子はうなずいた。
「確かに、そうですね。私の母も、難しい道具は苦手で……。母みたいな人に対して、もっと優しい商品を作りたいです」
「いいこと言うね。じゃあ、会議までに、二人で新しい案を考えておこう。お客さんの声も、もう一度集めておいてくれる」
「はい。今日中に、まとめておきます」
月曜日の会議で、二人は「機能を減らした、新しいケトル」の案を出した。 最初、ほかの社員は心配していた。 でも、直子が集めたお客さんの声を見て、みんなの考えも、少しずつ変わっていった。
会議のあと、中村さんは直子に言った。
「販売の数字だけを見ていたら、この案は出てこなかった。お客さんが本当に何に困っているか、直子さんが教えてくれたんだ。ありがとう」
直子は、少し照れたように笑った。
新しいケトルが店に並ぶのは、来月の予定だ。 今度は、きっとうまくいく。 二人は、そう信じていた。
