一文字の返事
よしこさんが初めてスマートフォンを持ったのは、七十四歳の誕生日だった。 中学二年の孫のひまりが、文字の大きさも、着信音も、全部設定してくれた。
その日の夜、よしこさんは最初のメッセージを送った。
「ひまりちゃんへ。おばあちゃんです。今日は一日、ありがとうございました。おかげさまで、無事に送ることができました。寒くなりますので、体に気をつけてください。よしこ」
返事は二秒で来た。
「り」
よしこさんは眼鏡をかけ直して、画面を三回見た。 文字が一つしかない。 次の日、電話で聞いてみた。
「あの『り』は、どういう意味なの」
「了解の『り』」とひまりは笑った。 「みんな使うよ。短いほうが早いでしょ」
それから、二人のやり取りは毎日続いた。 ひまりのメッセージは、いつも短い。
「今日部活でめっちゃ疲れた」
「おかしありがと!神!」
「テストやばい!たすけて!」
よしこさんのほうは、いつも同じ形をしている。 まず季節のあいさつがあって、次に相手の体を心配する一文があって、最後に必ず名前が入る。 ひまりは一度だけ、「おばあちゃん、名前を書かなくても、誰か分かるよ」と送ってみた。
「書かないと失礼でしょう。よしこ」
その返事を、ひまりはスクリーンショットに撮って、消さずに残しておいた。
ある土曜日、ひまりは駅の階段で足首をひねった。 母から祖母に電話が行ったらしい。 その夜、ひまりのところに、よしこさんからのメッセージが届いた。
「り」
ひまりは布団の中で声を出して笑った。 使いどころが少し違う。 そう思いながら画面を見ていると、下にもう一行、続きがあった。
「り。あした、りんごを持って行きます。よしこ」
名前は、やっぱり入っていた。
