ぱらぱらになるまで
高円寺の駅の裏の細い道に、辻さんの中華料理店がある。 僕がその鍋の前に立たせてもらうようになって、二か月になる。
その日も、僕のチャーハンは辻さんの前で止まった。 辻さんはれんげで一口すくい、少し噛んで、皿をカウンターに戻した。
「べちゃべちゃだ」
「あの、はっきり教えてもらえませんか」と僕は言った。 「ご飯は何グラムですか。何秒、炒めるんですか」
辻さんは油の缶を棚に戻しながら答えた。 「米がぱらぱらになるまでだ」
答えは単純だった。 そして、まったく役に立たなかった。 僕はノートにその四文字を書いた。 単語としては知っている。 辞書にも載っている。 でも、ノートの上では、べちゃべちゃとぱらぱらの区別がつかない。
客が引いた時間に、辻さんが鍋を持った。 僕は横で見ていた。 辻さんの鍋の中では、米が一粒ずつばらばらになって、宙で回っていた。 僕の鍋の中では、米はいつもかたまりのままで、器に盛っても山が崩れない。
「同じ米ですよね」と僕は言った。 「同じ火ですよね」
辻さんは少し黙ってから、初めて数字を言った。 「四十秒だ」
翌日、僕は心の中で四十まで数えた。 四十で火を止めて、器に盛った。 べちゃべちゃだった。
辻さんは僕の後ろから手を伸ばして、火を大きくした。 僕が一度も使ったことのない大きさだった。 それから、何も言わずに下がった。
僕は数えるのをやめた。 鍋の中の音が変わって、米が急に軽くなった。 一粒ずつ、鍋のふちを滑っていく。 気がつくと、僕は夢中で鍋を振っていた。
皿に盛って、顔を上げた。 辻さんはその皿を持って、カウンターの窓に出した。 そして、次の注文の紙を僕の前に置いた。
「鍋、そのままでいい」
