赤い船(三の二)
「あの、赤い船は外国へいくのでしょうか。」
と、露子はお姉さまに問いました。するとお姉さまは、いつもじっとものをごらんになるとき目に涙を浮かべられますが、やはり目に涙をたたえて、
「そうねえ。」
といって、暫時、頭をおかしげになっていましたが、
「ああ、きっと外国へいくんでしょうよ。」
と、やさしくいわれました。
「幾日ばかりかからなければ、外国へいかれませんの。」
と、露子は聞きました。
「幾日も、幾日もかからなければ、外国へはいかれません。幾千マイルという遠くへいくんですもの。」
と、お姉さまはいわれました。
そう思うと、なんとなくあの赤い船が懐かしいのであります。 あの赤い船は太平洋を渡って、美しい国へいくのかと思いますと、あの赤い船にどんな人が乗っていて、なにをしているかと考えました。 けれど遠くへだたっていますので、ただ赤い筋と、ひらひらひるがえっている旗と、太い煙突と、その煙突から上る黒い煙と、高い三本のほばしらとが見えたばかりであります。 そして船の過ぎる跡には白い波があわだっているばかりでありました。
露子は、どうしてもその赤い船の姿を忘れることができません。 自分も、その船に乗って外国へいってみたい。 そして、オルガンやピアノや、いい音楽を聞いたり、習ったりしたいものだと考えました。 見るうちに赤い船は、だんだん遠ざかってしまった。 日は漸々西に傾いて、波の上が黄金色に輝いて、あちらの岩影が赤く光った時分には、もうその船の姿は波の中に隠れて、煙が一筋、空に残っていたばかりです。
その日は、お姉さまといっしょに海辺で遊び暮らして、疲れた足をひきずって家に帰りました。
