四十年前の靴
ようこ:もしもし、みう? 今、大丈夫?
みう:うん、大丈夫。今日はもう店閉めたから。
ようこ:ごはん、ちゃんと食べてる?
みう:食べてるよ。お母さん、それ毎回聞くね。
ようこ:そうね。ほかに聞くことが、あんまり思いつかなくて。……でも、声は前より明るいみたいね。
みう:ふふ。正直だなあ。
ようこ:あのね、今日、お父さんとお店の前を通ったの。上田さんのところの、靴のお店。
みう:あー、うん。
ようこ:シャッターが閉まってて、なんだか寂しかったわ。あんたの店も、あんな感じなの?
みう:もっと小さいよ。三畳ぐらい。でも今日はね、いいお客さんが来たの。
ようこ:お客さん、来るの?
みう:一日に三人か四人。それでちょうどいいの。全部一人でやってるから。
ようこ:どんな人?
みう:八十歳ぐらいのおじいさん。革の靴を持ってきて、「直せますか」って。底がもうぼろぼろで、正直、新しいのを買ったほうが安いの。
ようこ:それはそうよね。
みう:でも、四十年前に奥さんが買ってくれた靴なんだって。奥さん、去年亡くなったって。
ようこ:……そう。
みう:だから、直すって言った。三週間かかるし、材料も探さなきゃいけないけど。取りに来るとき、あの人、たぶん、また同じ話をすると思う。私は、また聞くと思う。
ようこ:……みう。
みう:うん?
ようこ:お母さんね、あんたが会社をやめたとき、失敗したと思ってたのよ。ずっと、がっかりしてたの。
みう:知ってる。
ようこ:今、やっと分かった。あんた、靴を直してるんじゃないのね。
みう:ううん。靴は直してるよ。ちゃんと。
ようこ:ふふ。そうね。……あのね、お母さんの結婚式の靴、まだ箱に入ってるの。もう履けないんだけど。
みう:送って。見るだけでも見る。
ようこ:直せそう?
みう:見てから言う。無理なら、無理って言うよ。私、そこは嘘つかないから。
ようこ:……うん。そういうところ、昔から変わらないわ。
