理由は言わない
招待状が届いたのは、直子が仕事を辞めて一か月目の朝だった。
大学時代の友人からの、結婚式の招待状。 会場は横浜のホテルで、日付は来月の第二土曜日。 返信はがきには、出席と欠席の両方が印刷してある。
その日、直子に特に用事はなかった。 ただ、ご祝儀の三万円と、往復の交通費と、美容院代が出せなかった。 次の仕事は、まだ決まっていない。
本当の理由は言えなかった。 けれども、嘘もつきたくない。 言えば、友人は必ず「気にしないで来て」と言う。 そして、たぶんこっそりご祝儀を返そうとする。
電話をかける前に、直子は言い方を考えた。 「行けない」ではなく、「行きたいけれど、都合がつかない」。 理由は細かく説明しない。 断る側が事情を全部話すと、相手はそれを解決しようとしてしまうからだ。
夕方、声が暗くならないようにしてから、電話をかけた。
「招待状、ありがとう。写真、すごくきれいだった」と直子は言った。 「それでね、ごめん。行きたいんだけど、その日はどうしても都合がつかなくて」
「そっか」と友人は少し黙ってから答えた。 「残念だけど、しかたないよね」
友人は、理由を聞かなかった。 「仕事?」とも「何かあったの?」とも言わない。 代わりに、会場の食事がおいしそうだという話を一つして、それから「落ち着いたら、こっちから連絡するね」と言った。
返信はがきには、「やむを得ない事情により、欠席させていただきます」と書いた。 その下の余白に、一行だけ手で書き足した。 「当日のお二人の幸せを、心からお祈りしています」
ご祝儀は一万円にして、はがきとは別に、後で現金書留で送った。 三万円は無理だったけれど、一万円なら、来月の家賃を心配しなくて済む。
数日後、友人から短いメッセージが来た。 「お祝い、届いたよ。無理させちゃったかもね。落ち着いたら、ごはん行こう」
直子は、理由を一つも言わなかった。 友人も、一つも聞かなかった。 それでも、伝わっていたのかもしれない。
