なぜ宿場町は並んでいるのか
日本の古い街道を歩くと、同じくらいの距離ごとに、宿屋の多い町が並んでいます。 これを宿場町と言います。 どうして、こんなに規則正しく町が並んでいるのでしょうか。 理由は、江戸時代の三つの制度にあります。
一つ目は、参勤交代です。 江戸幕府は、全国の大名に、一年おきに江戸に住むことを命じました。 大名は家来を何百人も連れて、江戸と自分の国を往復しなければなりません。 同じ道を毎年大人数が通るので、途中に必ず泊まる場所が必要になりました。
二つ目は、荷物と手紙を運ぶ仕事です。 江戸時代の荷物は、一人の人間が目的地まで運ぶのではありません。 次の宿場まで来たら、そこで別の馬と別の人に渡します。 そのために、宿場町は決まった数の馬と人をいつも用意しておく義務がありました。 町と町の距離が二里ほどなのは、馬が一日に何度も往復できる距離だからです。
三つ目は、関所です。 幕府は、誰がどこへ動いているかを知りたがっていました。 特に、江戸に武器が入ることと、大名の妻や子どもが江戸から出ることを厳しく調べました。 街道と宿場が決まっていれば、人の動きも決まった場所を通ります。
つまり、宿場町は旅の人のためだけに作られた町ではありません。 人と荷物を早く動かし、同時にその動きを管理するための制度でした。
明治時代になって鉄道ができると、街道を歩く人はいなくなりました。 駅から遠かった宿場町は、新しく建て直されることもなく、古い建物がそのまま残りました。 そして今、その町並みを見るために、多くの観光客が集まるようになっています。
人の動きを管理するために作られた町が、百年以上たって、人が遊びに行く町になったわけです。
