西向きのベランダ
三度目の試験まで、あと十日ある。 私は二回落ちている。 一回目は、勉強の量が足りなかったから。 二回目は、量は足りていたのに、後半の計算問題で時間がなくなった。 だから今年は、朝の六時から一時間、夜は九時から三時間と決めて、机に向かうことにした。 守らなければならない、というより、ほかにやり方を知らないだけだ。
六月に、大学のときの友達から連絡が来た。 九月に沖縄で式を挙げるという。 三泊四日で、みんなで行こう、と書いてあった。
私は一晩考えて、断った。 試験は十月の初めだ。 九月に四日休めば、そのぶんをどこかで取り戻さなければならない。 取り戻せる自信がなかった。 今回は見送ることにした、ごめんね、と短く書いて送った。 すぐに「気にしないで。合格したらお祝いしよう」と返ってきた。 優しい返事だった。 優しい返事が、こんなに何も残さないとは思わなかった。
式の日は、よく晴れていた。 うちのベランダは西向きで、午後になると暑くて座っていられないから、私はその日、朝のうちに洗濯物を干して、部屋の中の机で過去問を解いた。 三時ごろ、集中が切れて、ベランダに出た。 下の駐車場では、隣の家の人が車を洗っていた。 水の音がしていた。 それだけだった。
想像していたのは、もう少し違う気持ちだった。 自分は今、大事なものを一つ諦めて、そのぶん前に進んでいる。 そういう、少し格好のいい気持ちになるはずだった。 これは犠牲なのだと思えば、机に戻る足も軽くなるはずだった。 でも実際に手元にあったのは、行かなかったという事実だけだ。 沖縄も、四日間も、その日の海も、私のものにはならなかった。 そして、勉強が進んだ分は、目に見えない。
夕方になって、風が涼しくなった。 ベランダの手すりで、まだ少し湿った服が揺れている。 どこかの家からテレビの音がして、笑い声が上がって、また静かになった。
私は洗濯物を取り込んで、窓を閉めた。 冷房をつけて、麦茶をコップに入れて、椅子に座った。 時計は五時半。 夜の九時まではまだ時間があるけれど、今日は早く始めることにした。 開いたページには、朝に間違えた問題のところに、赤い印がついたままだった。
