炭に白い灰がつくまで
樋口の家族が河原に着いたのは、昼を少し過ぎたころだった。 駐車場から二十分ほどの山道を、炭とクーラーボックスを持って下りてきた。 小学四年生の娘は一度も休まなかったが、樋口は二度休んだ。
学生のころ、樋口は山岳部のグループにいた。 毎月のように登山をして、野外で火をおこすのは得意なことだった。 三十年前の話である。 今はソロキャンプの動画を何本も見ている。
とりあえず新聞紙を丸めて、その上に炭を積んだ。 マッチをつけると紙はよく燃えたが、紙が燃えてしまうと、炭は黒いままだった。 二回目は途中で炭がずれて、山がくずれた。 三回目は風にけされた。 四回目は煙だけがたっぷり出て、妻と息子が煙から逃げた。 さすがに樋口も黙ってしまった。 たしか、こうやって組むはずだった。 どうにか火をつけようとしてあらゆる向きを試して、およそ三十分がたった。
「お父さん、それ、空気が通る道がないよ」
娘が横に来て言った。 夏の林間学校のキャンプで、焚き火のやり方を習ったらしい。 娘は炭を全部どけて、下の方に小さいすきまを作り、その上に炭を立てて並べた。 それから、うちわをゆっくり動かした。 樋口のように強くはあおがなかった。
「そんなにゆっくりで、つくのか」と樋口が聞いた。 娘は答えなかった。
五分ほどたったら、下の炭の角が赤くなった。 赤いところは少しずつ広がって、やがて炭の表面に白い灰がついた。 バーベキューの網をのせると、肉の脂が落ちていい音がした。 たれが濃くて少ししょっぱかったが、最初に焼けた一枚は、ごほうびのように娘の皿にのせられた。
娘は片手にうちわを持ったまま、それを食べた。 樋口は空になったマッチの箱を持って、その横に立っていた。
