二十三箱と六年
段ボールは全部で二十三箱あった。 最後の一箱にカーテンを入れてテープを貼ると、部屋には何も残らなかった。
朝から友達に手伝ってもらって、荷物をトラックに運んだ。 友達は空っぽの部屋を見て、「よくこんな狭い部屋に六年も住めたね」と笑った。
このアパートに住んだのは六年間だ。 大学を出てすぐ、駅から歩いて十二分のこの部屋を借りた。 家賃が安かったからだ。 本当は三年だけ住むつもりだった。
押し入れの奥からは、古い自転車の鍵が出てきた。 三年前になくして、新しい鍵を作った。 あの自転車はもうない。
台所の壁に、小さい黒い跡がある。 二年目の冬、カレーを焦がした跡だ。 あの日は窓を全部開けて、寒い部屋で一人でパンを食べた。 料理をあんなに焦がしたことがあるのは、あの一度だけだ。
冷蔵庫を動かしたら、床に四角い跡が残っていた。 六年分の跡だ。
夏になると、この窓から遠くの花火が少しだけ見えた。 上の階の学生は夜中に洗濯機を回したが、僕は一度も文句を言わなかった。 隣のおばあさんは、時々みかんをくれた。
近所の商店街には小さいパン屋がある。 おじさんは僕の顔を見ると、いつも「今日も遅いね」と言った。 あの店のカレーパンを、来週からはもう買えない。
大家さんは「鍵はポストに入れておいてもいいですよ」と言ってくれた。 でも僕は、あとで直接返しに行くつもりだ。
玄関で靴をはいて、何もない部屋をもう一度見た。
「いってきます」
小さい声でそう言って、ドアを閉めた。 六年間、毎朝そう言ってから、このドアを閉めていたからだ。
