十二度の「すみません」
窓の外の光が、だんだん白くなっていく。 あと五時間で成田に着く。
一年前、私は同じような席に座って、反対の方向へ飛んでいた。 あのときの私は、この一年で自分が変わると思っていた。 もっと英語が話せるようになって、もっと強くなって帰ってくる。 そういう変わり方を想像していた。
実際に変わったのは、そこではなかった。
留学して三か月目、私はスーパーのレジで、後ろの人にずっと待たれていた。 財布の中の細かいお金がよくわからなくて、一枚ずつ手のひらに並べていた。 日本なら、非常に恥ずかしいと感じただろう。 でも、レジの人も、後ろの人も、黙って待っていた。
私は小さい声で「すみません」と言った。
「大丈夫。ゆっくりでいいよ」とレジの人が言った。
その日から、私は自分の中の「早くしなければならない」という考え方を、少しずつ疑うようになった。
半年目に、同じ寮のイタリア人が笑いながら言った。 「日本人は謝りすぎだよ」
その夜、私は一日に何度「すみません」と言ったか数えてみた。 十二度だった。 そのうち、本当に謝る必要があったのは、一度か二度だけだった。
残りの十度は、何だったのだろう。 たぶん、あれは謝る言葉ではなく、あいさつだったのだと思う。 日本で育った人なら、その二つを自然に使い分けている。 私は外から自分の言葉を見て、初めてそれに気がついた。
言葉の勉強も同じだった。 動詞の活用をいくら覚えても、それだけでは話せない。 誰に、どんな距離で言うのか。 それがわかって、やっと言葉が使えるようになる。
一年の間、母とは月に一度、ビデオ通話で話した。 母はいつも同じことを聞いた。 ちゃんと食べているか。 寒くないか。 私もいつも同じように答えた。 大丈夫、平気。 今思うと、あれも「すみません」と同じだったのかもしれない。 中身よりも、続けることのほうが大事な言葉だ。
飛行機の窓の下に、白い雲が広がっている。
空港に着いたら、たぶん母は「痩せたんじゃない?」と言うだろう。
そして私は、「そんなことないよ」と答えるだろう。 そこは、一年前と同じだ。
でも、そのあと私は、母に一つ聞いてみようと思っている。 母が二十歳のとき、何になりたかったのか。 二十年以上一緒に住んでいて、私は一度も聞いたことがなかった。
たぶん、それが私の変わったところだ。
