田んぼの赤トンボ
九月の初め、田んぼの稲が黄色くなった。 由紀はおじいさんと一緒に、田んぼの間の細い道を歩いていた。 空にはトンボがたくさん飛んでいる。 夕方の光の中で、羽が細く光った。
「おじいちゃん、トンボ、捕ってもいい?」
「この村ではね、トンボは捕らないんだよ」とおじいさんが言った。
由紀が理由を聞くと、おじいさんは昔から伝わる話をしてくれた。
この村では、トンボは死んだ人が帰ってきた姿だと言われている。 秋になると、家の人たちが稲を見に戻ってくる。 今年の米はよくできたか、家族は元気か、田んぼの上を飛びながら見ている。 だから村の人は、稲刈りが終わるまでトンボを捕らない。 おじいさんも、子供のころに自分の父親から同じ話を聞いたそうだ。
「本当?」
「さあ、本当かどうかは分からないなあ」とおじいさんは笑った。 「でも、ひいじいさんが見に来ているなら、いい米を作らないとな」
そのとき、赤いトンボが一匹、おじいさんの帽子の上に止まった。 おじいさんは頭を動かさずに、そのままゆっくり歩き続けた。 由紀も、静かに後ろをついていった。
