隣の区画
市民農園の一番奥、水道のそばの区画が静江の畑だ。 夫が亡くなった年の春に申し込んで、今年で三年目になる。 隣の区画は勝という男の人が借りていて、二つの畑は五十センチほどの細い道で分かれている。
四月、静江が種を蒔いていると、勝が黙ってスコップを持ってきてくれた。 「そこ、土が固いでしょう」とだけ言って、端のほうを掘っておいてくれた。 静江は礼を言って、家から持ってきたお茶を紙コップに入れて渡した。
五月、勝の苗が余った。 トマトが四本。 「うちはもう植える場所がなくてね」と言うので、静江はそれを自分の畑の南側に植えた。 あとで気がついたが、勝の畑にも空いている場所はまだあった。
六月は雨が続いた。 静江が家で漬けた漬物を持っていくと、勝は一つ食べて、うちのより上手だと言った。 次の週、静江の道具箱の上に、袋いっぱいのきゅうりが置いてあった。
七月は暑かった。 静江が三日ほど風邪で寝てしまったとき、畑の水やりは全部勝がやっておいてくれた。 戻ってみると、静江のトマトだけが妙に元気だった。
八月、二人はよく水道の横のベンチに座って、勝の持ってくる魔法瓶の麦茶を飲んだ。 話すのは天気と虫と、去年の失敗のことばかりだ。 静江は一度も夫の話をしなかったし、勝も一度も聞かなかった。
九月の台風の次の日、二人は朝早くから畑にいた。 勝の支柱が倒れて、静江のネットも外れてしまっていた。 どちらが先に来たのかは分からない。 それぞれ自分の畑を直して、それから相手の畑を手伝った。 昼前には、二つの畑は前と同じ形に戻っていた。
十月の終わり、畑を片付ける日が来た。 枯れた枝を集めながら、静江は今年一年のことを考えていた。 特別なことは何もなかった。 スコップ、トマトの苗、きゅうり、麦茶、それだけだ。 それなのに、夫が亡くなってから完全に止まっていたはずの時間が、いつのまにか少しずつ動いていた。
「来年も、同じ区画にしますか」と勝が聞いた。
「ええ。来年も、よろしくお願いします」
言ってから、静江は自分の言葉に少し驚いた。 来年の話を迷わずにしたのは、三年ぶりだった。
