帰らなかった人たち
祭りの太鼓の音が遠くなると、おばあさんは一人で川のほうへ歩いた。 町の明かりが届かない細い道だ。 水の音が近くなって、目が暗さに慣れたころ、草の上に小さな黄色い光が一つ、ゆっくり上がった。
六十年前、同じ場所に、祖母と二人で立っていた。
「蛍はね、祭りが好きだった人が、帰りたくなくて残っているんだよ」と祖母は言った。 「だから祭りの晩がいちばん多いの」
子供のころのおばあさんは、その話を本当だと思っていた。 祖母の手はかたくて、少し冷たかった。 二人で川岸にしゃがんで、光を数えた。 四十二まで数えたところで、祖母が「もういいよ」と笑った。
祖母が亡くなったのは、その次の夏だった。
おばあさんは今、この話を誰にもしない。 孫たちは屋台のほうが好きだし、蛍の数も昔よりずっと少ない。 それでも毎年、太鼓が終わったあとに、一人でここへ来る。
光が一つ、水の上を横に流れて、草の中に消えた。
「今年も来たよ」とおばあさんは言った。
