気持ちの名前
初めての朝、パン屋の裏の台所は五時から明るかった。 私は不安だった。 手が震えていた。
六時、粉の袋を落とした。 床が真っ白になった。 恥ずかしかった。 森田さんは何も言わないで、ほうきを持ってきた。
「手が冷たいうちに、次いこう」と森田さんは言った。 粉のことは、何も聞かなかった。
八時、私のパンだけ平らだった。 森田さんのは高く膨らんでいた。 がっかりした。
九時、森田さんが「もう一度」と言った。
私はもう一度焼いた。 それも平らだった。 悔しくて、トイレで少し泣いた。
十時、森田さんは私の平らなパンを一つ食べて、「まあ、味は悪くないな」と言った。
森田さんは一日中、自分の気持ちの名前を決して言わなかった。 暑いとも、疲れたとも言わなかった。
夜、日記を開いた。 今日の感情に、一つずつ名前をつけた。 五時は不安。 六時は恥ずかしい。 八時はがっかり。 九時は悔しい。
悔しいは、悲しいとは違う。 今日まで、私は全部同じものだと思っていた。
