魚屋の猫
商店街の魚屋のおじさんは、無口で、いつも難しい顔をしている。
ある雨の朝、店の前に、やせた猫がうずくまっていた。 だれかが捨てたのか、迷ってきたのか、首輪はない。 おじさんは、ちらっと見て、「しっ、あっちへ行け」と手を振った。
猫は動かない。 ただ、じっとおじさんを見上げている。
「餌なんか、やらないぞ」とおじさんは言った。 でも、その日、売れ残った小さな魚を、店の外の皿に一つ置いておいた。 「一回だけだからな。」
次の日も、猫はいた。 おじさんは、また魚を置いておいた。 その次の日も、そのまた次の日も。
一週間もたつと、猫は店の中まで入ってくるようになった。
「なつくなよ。 うちは、猫を飼う店じゃないんだ」とおじさんは言う。 言いながら、いつのまにか、猫の分の魚を、毎朝とっておくようになっていた。
ある日、おじさんが店を開けると、猫がいなかった。
「……いなくなったか。 まあ、迷い猫だからな。 いつか、そうなるはずだ」とおじさんはつぶやいた。 声が、少しさびしそうだった。 魚を皿に置いても、その日は、だれも食べに来なかった。
夕方、店を閉めようとしたら、路地の奥から、あの猫が走ってきた。 口に、小さな子猫をくわえている。
おじさんは、しばらく黙っていた。 それから、ふっと笑って、店のおくから古い段ボール箱を出してきた。
「しかたないなあ。 子供がいたなら、そう言ってくれよ」と、おじさんは箱に古いタオルをしいた。 「これだけ用意しておいたら、寒くないだろう。」
その夜から、魚屋の店先には、猫の親子のための箱が、一つ増えた。 相変わらず難しい顔のおじさんだが、猫たちを見る目だけは、少しやわらかい。
