「保留」と書いた封筒
押し入れの奥から、段ボールが六つ出てきた。 全部、私が三十年以上勤めた研究機関から持ち帰ったものだ。 定年の日にまとめて車に積んで、そのまま二年、一度も開けていなかった。
一つ目の箱は、すぐに片付いた。 会議の資料、印刷した論文の写し、使い方の分からない古い機械の説明書。 どれも既に意味を失っている。 私が持っていなくても、必要な人はネットで同じものを読める。 紐で縛って、玄関に出した。
二つ目の箱には、写真が入っていた。 白衣を着た十数人が、建物の前に並んでいる。 真ん中の若い女が私だ。 この建物は、去年の秋に壊された。 今は駐車場になっているらしい。 写真の中で笑っている人のうち、三人は既に亡くなった。 私はしばらく座って、一人ずつ名前を思い出してから、この箱は捨てないことにした。
三つ目の箱の底に、薄い茶色の封筒があった。 表に、私の字で「保留」と書いてある。 中身を、私は完全に忘れていた。
出てきたのは、四十年近く前の記録だった。 ある薬を飲んだ人たちの、眠りに関する数字が並んでいる。 当時、私はその数字に何かがあると感じていた。 しかし人数が足りず、上の先生には「偶然だろう」と言われた。 私は別の仕事に移り、封筒は引き出しの奥に入ったまま、そこで四十年が過ぎた。
一枚目の余白に、若い私の字が残っていた。 「これは非常に大事なことだと思う。あとで必ず調べること。」
私は台所に行って、湯を沸かした。 それから、眼鏡をかけ直して、今の医療の情報を調べてみた。 その薬と眠りの関係は、二十年ほど前に別の国の研究で明らかになっていた。 今では、薬の説明書の下のほうに、小さい字できちんと書かれている。 誰も困っていない。 私が書かなくても、世界はちゃんとその答えにたどり着いた。
段ボールは五つ、玄関に積み上がった。 封筒は、写真の箱の上に置いた。
若い私に返事を書くことはできない。 ただ、あの時の「何かある」という感じだけは、間違っていなかった。 それを確かめるのに四十年かかったが、確かめられただけ、私は運がよかったのだと思う。
