山が嫌いな客
西荻窪の古本屋で、谷は二十年、客の顔より先に本を見てきた。 何を買うかで、その人の好みはだいたい分かる。 谷はそれが得意だった。
火曜の背の高い男は、鳥の本以外を買わない。 先週はツバメの写真集を、それほど安くない値段で気に入って買っていった。 この人は鳥を好む。 それだけのことだ。 土曜の大学生が経済の本を五冊も積むのは、興味ではなくレポートのためで、六月が終われば来なくなる。
水曜の女の人は、一年間ずっと山の本だった。 古い地図、山小屋の話、登山の記録。 趣味は山登りなのだろうと思い、谷は新しく入った大きな写真集を取っておいて、つい声をかけた。
「山がお好きなんですね」
女の人は首を振った。 「私、山は嫌いです。虫が多いので」 少し笑って、「父が去年、交通事故で歩けなくなって。今は私が世話をしています。代わりに、写真を見せているんです。字が小さいと読めないので、大きい写真の本を」
山を嫌う人が、一年も山の本を買っていた。 たまに外れることはあるが、二十年で数えるほどだ。
会話をしたのは、あの一度きりで、名前もまだ知らない。 それでも今、谷が水曜のために取っておく本は、山の本ではない。 海でも花でもいい。 写真が大きくて、なるべく軽い本を、会ったこともないその父親のために選んでいる。
