パン屋のロゴ
つばさはフリーランスのデザイナーだ。 会社を辞めてから、もう一年になる。 仕事は少しずつ増えてきたが、大きな案件はまだ一度もなかった。
ある朝、一通のメールが届いた。 地元の小さなパン屋からで、新しいロゴのデザインをお願いしたい、という内容だった。 報酬は多くない。 それでも、つばさは嬉しかった。 初めて、自分を選んでくれた店があるのだ。
つばさはすぐにパソコンを開いて、パン屋のロゴの例を検索し始めた。 世界中のデザインが、画面に次々と現れる。 おしゃれな物、かわいい物、古い看板のような物。 見れば見るほど、頭の中に色々なアイデアが浮かんできた。
「これなら、いい物が作れるかもしれない。」
つばさは自信を持って、最初のデザインを描いた。 麦の絵を丸く並べた、きれいなロゴだった。 自分でも気に入っていたし、店の人もきっと喜んでくれると期待していた。
打ち合わせの日、つばさはそのロゴを見せた。 ところが、店の人の反応は、思っていたものと違った。
「うーん、きれいなんですけど……うちの店の感じとは、少し違う気がします。」
つばさは驚いた。 何が足りないのか、その時は分からなかった。 家に帰って、もう一度考えた。 自分は、この店のことを本当に知っているだろうか。 ロゴの例ばかり検索して、肝心の店のことを、何も調べていなかった。
次の日、つばさはパン屋に足を運んだ。 店に入ると、焼きたてのパンの匂いがした。 客として、パンを買い、店の中をゆっくり見た。 木でできた古い棚。 店主が毎朝、手で書いているという黒板のメニュー。 そこには、機械にはない温かさがあった。 店主が本当に求めているのは、おしゃれなデザインではなく、この温かさを伝えるロゴなのだ。
つばさは家に戻り、もう一度描き直した。 今度は、手で書いた文字を生かした、素朴なロゴにした。 調べれば調べるほど、店の姿がはっきり見えて、デザインもよくなっていく。 そのことに、つばさは初めて気づいた。
数日後、新しいロゴを見た店主は、静かに笑った。
「これです。これが、うちの店だ。」
つばさは、ようやく分かった。 いいデザインは、頭の中だけでは生まれない。 相手を知ろうとすることから、始まるのだ。
