畳屋の夏休み
田中さんの仕事場に入ると、畳のいい匂いがする。 六十年、田中さんはここで畳を作ったり、直したりしている。 この町で最後の畳職人だ。
夏休みの間、中学生のけんが手伝いに来ることになった。 けんは畳の修理を見たことはあるが、自分でやったことは一度もない。
「まず、針の持ち方からだ」と田中さんが言った。
けんは針を持って、糸を通した。 糸はすぐに曲がってしまった。 二回目も、三回目も曲がった。 けんは黙って下を向いた。
「私も最初は同じだったよ」と田中さんは笑った。 「伝統とか、難しいことは言わない。ゆっくり、丁寧にやる。それだけだ」
午後、近所の人が古い畳を持って来た。 田中さんはけんの肩に手を置いて、その人に言った。 「今日から手伝ってくれる、けん君です」
田中さんが紹介してくれたとき、けんの背中が急にまっすぐになった。 けんはお辞儀をして、それからまた針を持った。
その日の終わり、けんの縫った線は、朝より少しまっすぐになっていた。 田中さんは何も言わないで、けんの分のお茶も入れた。
