魔術(五)
何しろここは東京の中心ですから、窓の外に降る雨脚も、しっきりなく往来する自働車や馬車の屋根を濡らすせいか、あの、大森の竹藪にしぶくような、ものさびしい音は聞えません。
勿論窓の内の陽気なことも、明い電燈の光と言い、大きなモロッコ皮の椅子と言い、あるいはまた滑かに光っている寄木細工の床と言い、見るから精霊でも出て来そうな、ミスラ君の部屋などとは、まるで比べものにはならないのです。
私たちは葉巻の煙の中に、しばらくは猟の話だの競馬の話だのをしていましたが、その内に一人の友人が、吸いさしの葉巻を暖炉の中に抛りこんで、私の方へ振り向きながら、「君は近頃魔術を使うという評判だが、どうだい。今夜は一つ僕たちの前で使って見せてくれないか。」
「好いとも。」
私は椅子の背に頭を靠せたまま、さも魔術の名人らしく、横柄にこう答えました。
「じゃ、何でも君に一任するから、世間の手品師などには出来そうもない、不思議な術を使って見せてくれ給え。」
友人たちは皆賛成だと見えて、てんでに椅子をすり寄せながら、促すように私の方を眺めました。 そこで私は徐に立ち上って、「よく見ていてくれ給えよ。僕の使う魔術には、種も仕掛もないのだから。」
私はこう言いながら、両手のカフスをまくり上げて、暖炉の中に燃え盛っている石炭を、無造作に掌の上へすくい上げました。 私を囲んでいた友人たちは、これだけでも、もう荒胆を挫がれたのでしょう。 皆顔を見合せながらうっかり側へ寄って火傷でもしては大変だと、気味悪るそうにしりごみさえし始めるのです。
そこで私の方はいよいよ落着き払って、その掌の上の石炭の火を、しばらく一同の眼の前へつきつけてから、今度はそれを勢いよく寄木細工の床へ撒き散らしました。 その途端です、窓の外に降る雨の音を圧して、もう一つ変った雨の音が俄に床の上から起ったのは。 と言うのはまっ赤な石炭の火が、私の掌を離れると同時に、無数の美しい金貨になって、雨のように床の上へこぼれ飛んだからなのです。
友人たちは皆夢でも見ているように、茫然と喝采するのさえも忘れていました。
「まずちょいとこんなものさ。」
私は得意の微笑を浮べながら、静にまた元の椅子に腰を下しました。
