魔術(二)
私たちは挨拶をすませてから、しばらくは外の竹藪に降る雨の音を聞くともなく聞いていましたが、やがてまたあの召使いの御婆さんが、紅茶の道具を持ってはいって来ると、ミスラ君は葉巻の箱の蓋を開けて、「どうです。一本。」と勧めてくれました。
「難有う。」
私は遠慮なく葉巻を一本取って、燐寸の火をうつしながら、「確かあなたの御使いになる精霊は、ジンとかいう名前でしたね。するとこれから私が拝見する魔術と言うのも、そのジンの力を借りてなさるのですか。」
ミスラ君は自分も葉巻へ火をつけると、にやにや笑いながら、匂の好い煙を吐いて、「ジンなどという精霊があると思ったのは、もう何百年も昔のことです。アラビヤ夜話の時代のこととでも言いましょうか。私がハッサン・カンから学んだ魔術は、あなたでも使おうと思えば使えますよ。高が進歩した催眠術に過ぎないのですから。――御覧なさい。この手をただ、こうしさえすれば好いのです。」
ミスラ君は手を挙げて、二三度私の眼の前へ三角形のようなものを描きましたが、やがてその手をテエブルの上へやると、縁へ赤く織り出した模様の花をつまみ上げました。 私はびっくりして、思わず椅子をずりよせながら、よくよくその花を眺めましたが、確かにそれは今の今まで、テエブル掛の中にあった花模様の一つに違いありません。 が、ミスラ君がその花を私の鼻の先へ持って来ると、ちょうど麝香か何かのように重苦しい匂さえするのです。 私はあまりの不思議さに、何度も感嘆の声を洩しますと、ミスラ君はやはり微笑したまま、また無造作にその花をテエブル掛の上へ落しました。 勿論落すともとの通り花は織り出した模様になって、つまみ上げること所か、花びら一つ自由には動かせなくなってしまうのです。 「どうです。訳はないでしょう。今度は、このランプを御覧なさい。」
