もう少しだけ
次の土曜日、ゆりは、朝いちばんに本屋へ行った。 おばあさんが店の鍵を開けているところに、後ろから声をかけた。
「おばあさん、聞いてください。 一晩、ずっと考えたんです。」
おばあさんは、ふり返った。
「私、平日は仕事があります。 だから、店を毎日開けることはできません。 でも、土曜と日曜だけなら、私がお手伝いできます」とゆりは、一気に言った。 「それから、月に一回、この店で小さな読書会を開きませんか。 みんなで好きな本を持ちよって、お茶を飲みながら話すんです。 そうしたら、お客さんも、また増えるかもしれません。」
おばあさんは、しばらく黙っていた。
「あなたにも、自分の仕事があるのに。」
「好きなんです、この店が。 なくなるくらいなら、少しでも手伝いたいんです。」
おばあさんの目に、涙がにじんだ。 それを見たとたん、ゆりも、目のおくが熱くなった。
「四十年、一人でやってきてね」とおばあさんは、ゆっくり言った。 「もう、だれにも頼まないつもりだった。 この店を受け継いでくれる人なんて、いるわけがないと思っていたの。」
「終わらせなくても、いいじゃないですか」とゆりは言った。
おばあさんは、そっと店の戸を開けた。 朝の光が、本の棚を照らした。
「……そうね。 今月で閉めるのは、やめましょうか」とおばあさんは笑った。 「あなたが手伝ってくれるなら、もう少しだけ、続けてみようかしら。」
その日、二人は一日かけて、箱に詰めた本を、また棚に戻した。 一冊ずつ、もとの場所へ。 ゆりは、ついこの前、詰め終わったばかりの本を、うれしそうに並べていった。
「読書会のポスター、私、作ってきます」とゆり。 「じゃあ、私は、お茶とお菓子を用意しておくわ」とおばあさん。
窓の外を、近所の人が通りかかって、ふしぎそうに中をのぞいた。 閉店の知らせが貼ってあった店に、灯りがついて、二人が笑っているのだから。
「あら、開いてるの?」と、その人が戸を開けた。
「ええ、開いてます」とおばあさんが答えた。 少し、はりのある声だった。 「まだ、しばらくね。」
