船が港を出たあと
(駅前の喫茶店の二階。読書会が終わって、二人だけが残っている。)
ゆうこ:けんじくん、さっきから黙ってるけど、あの結末、納得してないでしょ。
けんじ:してない。あれはずるいよ。
ゆうこ:ずるい?
けんじ:三百ページも読ませておいて、最後は「船が港を出た」で終わり。主人公が帰ってきたのか、帰ってこなかったのか、書いてないじゃないか。
ゆうこ:書かないことに意味があるんだと思うけどな。
けんじ:意味があるように見せてるだけだよ。途中で決めるのが面倒になったみたいだ。
ゆうこ:作者はちゃんと決めてると思う。ただ、読む人に決めさせてもいいって考えたんでしょ。
けんじ:それ、作者の仕事を読者に押しつけてるだけじゃないか。非常に不親切だよ。
ゆうこ:それはけんじくんの意見でしょ。私は反対の意見だけど。
けんじ:さっきの会でも、みんな困った顔してたじゃないか。みんなが困るのは、はっきりしないからだろ。
ゆうこ:……ねえ、けんじくん。感想を聞いてもいい?
けんじ:感想?さっきからずっと言ってるだろ。
ゆうこ:そうじゃなくて。けんじくんは、主人公にどうなってほしかったの?
(けんじがコーヒーカップを置く。しばらく答えない。)
けんじ:……帰ってきてほしかった。
ゆうこ:ほら。ちゃんと決まってるじゃない。
けんじ:え?
ゆうこ:作者が書かなかったのに、けんじくんの中では決まってる。それが感想でしょ。それでいいんだよ。
けんじ:……納得はしてないからな。
ゆうこ:うん、知ってる。
