もう一つの連絡先
土曜日の朝、市民プールの受付は空いていた。 チカは六歳の娘を連れて、水泳教室の申し込みに来た。 娘はサンダルを鳴らしながら、プールの方を見ている。
「お子さんのお名前と、生年月日をお願いします」と受付の飯島が言った。
チカが答えると、飯島は用紙の住所の欄を指した。 「お住まいは」
「東町の三丁目です。郵便番号は……ええと」
「こちらで調べます」と飯島が言った。 「昼間、必ずつながる電話番号もお願いします」
「私の携帯で。仕事中はマナーモードですが、休み時間に見ます」
「かまいません。メールアドレスもいただけますか。休みの連絡はメールで送りますので」
チカが一字ずつ言うと、飯島はうなずいた。 「それから、もう一つ連絡先を。授業中にお嬢さんに何かあった時、こちらにつながらないと困りますので」
チカは少し黙った。 「主人は昼間、県外におりますし……」
それから番号を一つ言って、こう続けた。 「隣のお茶屋さんの奥さんです。六年前、この子が生まれる日に、私を病院まで車で乗せてくれた人です」
飯島は赤いペンに持ち替えた。 そして、その一行だけ、もう一度、丁寧に書き直した。
